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2014年8月25日 (月)

ローディーとしての自分その①

銭助です!

さて、今日は銭助自身のことを書いてみましょう!

銭助のブログを見に来てくれる人は非常に少ない

かと思いますが、自分が判らなかった「ローディー

になりたい」という思いを持っている人の背中を

押せたら・・・と思っていますので、数回に分けて

この話題にします。「アンタのことに興味ないし。」

と言わずに御付き合い下さい。

「銭助はローディーとして速いのか???」

これはロードバイクをやっている人間ににとって

自分はどうなのか?というのは非常に気になる

ところだと思います。速くなりたいと思うでしょう。

自己分析をすると、銭助は典型的な週末ライダー

なので、1ヶ月の走行距離は200~300KM程度

で、400Kを超えたのは過去1度しかありません。

今年の1月などは、走行距離ゼロでした!!!

走行距離としては非常に少ない方とだ思います。

それで、年齢も50前後ということを考慮すると

「ローディーとしては速くはないがアラフィフの週末

ライダーとしては・・・?」速い方だと思います。

イベントで160KをAVE・27km程度なら走れます。

目標を絞って、ちゃんと練習すれば、もっと行ける

という自負はあります。(そこまでやる気は今のとこ

無いですけど・・・・・。)

実は銭助は中学生から陸上競技(長距離)を始め

最終的には実業団ランナーでした。

最高戦績は「全日本実業団5位」でした。銭助の

様に、数回全日本レベルの大会で入賞した程度の

アスリートは箒で掃いて捨てるほどいます。しかし

アスリートとしての自分の限界を知ることがありま

した。バルセロナ五輪で「こけちゃいました!」の

旭化成の谷口選手と駅伝で同じ区間を走った事

があります。オリンピックでメダル候補の選手と

自分との違いは何か・・・・。

谷口選手「銭助くん、福岡が30秒先行してるらしい

から君の背中を追いかけるよ。」と出走前に言われ

ました。谷口選手はその1ヶ月前に北京マラソンで

2時間7分台の好記録を出しており、銭助は「疲れ

もあるだろうから充分戦える!」と判断してました。

銭助の立てた作戦は、「追ってくるから5kmで追い

つかれるから、そこからの勝負!」でした。銭助は

3kmを8分40秒で通過(丁度いいペース)でした。

が、3.1kmで追いつかれました。抜き去る時に

ペースを上げてつかせないことは承知の上で対応

するつもりでしたが、15m程しかついていけない

自分がいました。「相手はマラソン疲れがあるのに

対応できずにショック!」と思いました。それから約

30秒程度離されました。13km程度で1分負けた

訳です。走り終わって、谷口選手に「銭助くん、君は

相当粘ったね~!」と言われた屈辱は忘れません。

彼は多分1分30秒差をつけたかったのでしょう。

銭助は決して素質に溢れるサラブレッド等ではなく

どちらかといえば、駄馬の部類でした。それでも

自分なりに現役時代を戦えたのは、体質にあった

のだろうと思います。

筋肉の質は駄馬そのものでサラブレッドと大違い。

だけど心肺機能と血液の濃さが長距離ランナー

に適していました。選手当時の銭助の体格は

167cmで55kg、平常時心拍は48/分で内臓

は強く、肺活量は6500cc、そして血中ヘモグロ

ビン濃度の数値16を下回ることはなく、高い時は

18.9くらいありました。一度、酸素の最大摂取量

を大塚製薬の研究所で測ってもらったことがある

のですが、当時のトップランナーの宗兄弟より高く

瀬古選手より低いくらいで、かなりいい数値でした。

つまり、酸素の運搬能力が優れていたわけです。

これが銭助が自転車に向いていると今思う理由の

一つです。

銭助はどちらかと言えば、個人競技が好きです。

あまり大人数で行動するのも好きではありません。

そんな銭助が陸上を引退した時に体感したのが

「ぽっかり空いた時間をどのように使えばいいの?」

という、通常の人には理解不能であろう内容です。

真剣に悩みました。毎日20~30k走っていたのが

走らなくてよくなったときに、有り余る体力と時間に

困ってしまった訳です。まずは会社のバドミントンの

サークルに入り、楽しく汗を流していましたが、その

サークルが自然消滅・・・・。

そこで次に始めたのが、男として興味のあった実戦

空手!最初の世界最大流派は指導方法がまったく

合わずに3か月で辞めましたが、やはり興味はあり

ましたので、別の国際的な流派に入門し、すばらしい

指導者のもと、約3年で初段を頂きました。

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空手は約8年続けました。

その時に教わったのは、「継続することが大事!

階段は駆け足で登る必要はない。ゆっくり登る

ことにより、じっくり周りを見渡せ、忘れものなく

進むことができる。」という武道の神髄でした。

さて、あまり長くなって飽きられても困るので今日

はこれくらいにして、次回へ続きます。

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